【Clair Obscur: Expedition 33】感想・考察|キャンバスに映る、壊れた家族の絆

レビュー

あすか

こんにちは、あすかです!

今回は『Clair Obscur Expedition 33(エクスペディション33)』のストーリーや世界観、各キャラクターへの所感などをつらつらと書いていこうと思います。

この記事を書いている時点ではストーリーを一度通しただけのため、解釈の誤りや抜けがある可能性があります。気づいた点があればぜひコメントやXで教えてもらえると幸いです!

本記事では『Clair Obscur Expedition 33』の重大なネタバレを含みます。
ストーリークリア後に閲覧することを推奨します。

ストーリーについて

まずは本作の物語の中心となるデサンドル家についてまとめ。

デサンドル家の家族構成

デサンドル家は画家という特殊な能力を持つ家族。描いたキャンバスの中に現実と見紛うような世界を生み出せる驚異的な能力を持っています。そのキャンバスに描かれた世界の中では、人間や生き物たちが現実世界と同じように生活を営み、それぞれが感情や意思を持って存在しています。

デサンドル家の人々は全員がこの『画家』としての能力を有していますが、その中でも特に優れているのが、母アリーンです。彼女は画家評議会の議長を務めるほど突出した才能をもっていました。

長男ヴェルソと長女クレアも非常に高い能力を持っており、クレアに至ってはおそらく家族一の能力者。一方、父ルノワールも能力を持っていますが、アリーンと比べると力は劣ります。末娘のアリシアは能力を使えるもののその能力は低く、家族の中では未熟者扱いされています。

現実世界で起きた悲劇

ゲームの舞台となる現実世界では、『画家』『作家』という二つの派閥が対立しています(ただし、この派閥間の対立についての具体的な描写はゲーム中ではほぼ描かれません)。

長く続く対立のさなか、デサンドル家を巻き込む悲劇が起きました。アリシアが作家派の策略に嵌り、デサンドル家の屋敷が炎に包まれてしまったのです。

火事の中、ヴェルソは妹アリシアを助け出すことに成功しますが、自身は命を落としてしまいます。(クレア曰く、この悲劇について「アリシアの無邪気さが招いた結果だ」と暗に妹を責めている)

アリシア自身もまた、火災で顔に大火傷を負い、言葉を発することもままならないほど、心身共に深い傷を負ってしまいます。

この事件によりデサンドル家は徐々に壊れてしまいます。

悲劇に耐えきれなかった母アリーン

彼女は、息子ヴェルソの死という耐え難い現実を前に、深い絶望に沈んでしまいます。彼女は心の傷を癒すため、ヴェルソが生前に描き遺していたキャンバスの世界『ルミエール』へ逃げ込み、そこで引きこもるようになりました。

この『ルミエール』の世界はヴェルソが生み出した場所であり、そこではヴェルソが生み出した人々やエスキエ、ジェストラルなどが暮らしている世界で、幼い頃のヴェルソの魂の一部もこの世界に宿っているため、アリーンは亡き息子を感じられる唯一の場所として、この世界を現実以上に強く愛してしまったのです。

幼きヴェルソの魂

作中登場するギュスターブやルネ、シエルなどのルミエール世界の人々は、全てキャンバス内に描かれた存在でもあります。キャラクターが傷ついた際に血の代わりに「インク」を流すという演出により、彼らが本当の人間ではなく、あくまで「絵画内に描かれた存在」であることが明示されます。

アリーンは、画家としての突出した能力を使い、このキャンバス世界に自らの理想の家族像を再現します。ルノワール、クレア、ヴェルソ、アリシアを描き、「幸福な家族」という偽りの姿を作り上げた彼女は、悲劇の記憶を塗りつぶすように『家族ごっこ』に溺れていきます。

屋敷で偽りの家族と過ごす日々

こうして現実のデサンドル家とは異なる、絵画内にもうひとつの「偽りのデサンドル家」が生まれてしまったことこそが、物語を複雑に絡ませ、混乱を招く元凶となっています。

アリーンを連れ戻したいルミエールの干渉

現実から目を背け、『ルミエール』のキャンバス世界に引きこもってしまったアリーンですが、その代償は決して軽いものではありません。キャンバスの中に意識を移した際、現実の身体はフリーズ状態に陥り、徐々にその生命力は奪われていきます。

妻アリーンを失うことを恐れた現実世界のルノワールは、彼女を引き戻すためにキャンバスの世界へ介入を始めます。彼が選んだ手段は、キャンバスそのものを消去し、この虚構の世界を消し去ることでした。

しかし、この強引な方法にアリーンは猛反発します。息子ヴェルソの記憶が息づくキャンバスの世界を奪われることは、彼女にとっては息子を再び失うことにも等しいため、絶対に受け入れられませんでした。

追い詰められたアリーンは、ついには『ペイントレス』という存在へと自らを変え、ルノワールが行使する削除の力に抵抗を始めます。

クレアの介入により加速する悲劇

キャンバス世界をめぐるルノワールとアリーンの争いは長期間続き、やがて膠着状態に陥っていました。事態が進展しないことに焦れたクレアは、自らもこの『絵画の中の夫婦喧嘩』へと介入します。

クレアは、アリーンによって絵画世界に描かれていた自分自身を上書きし、新たにネヴロンという存在を生み出し、父ルノワール側を支援しました。

その結果、アリーンがキャンバス世界を守るために使っていたペイントレスの力を削ぐことに成功します。(ネヴロンに殺されたもののクロマはアリーンに戻らず、その場に留まるため、結果的にアリーンが弱体化する)

こうしてアリーンが抵抗する力が徐々に弱まっていくと、これまで膠着していた均衡が崩れ、次第にルノワール側が優勢となります。その影響により、キャンバス世界では「毎年、最も古く描かれた創造物から順番に消えていく」という悲劇が繰り返されるようになりました。

ここで、このゲームの中核的な謎である「ペイントレスがモノリスに特定の数字を描くと、その年齢に該当する人々が消える」という設定の真実が明らかになります。実際にはそれは逆で、消去を行っているのはルノワールの側であり、アリーンはその現象を防ぐために必死で抵抗し、キャンバス世界を維持しようとしていたのです。

つまり、モノリスに描かれた数字は『このままではあと◯◯年でこの世界は完全に消えてしまう』という、アリーンによる必死のカウントダウン警告だったのです。

あすか

いや分かるか!!もっといい方法なかったの

アリシア、夫婦喧嘩を止めるためキャンバスの中へ

一仕事終えた姉クレアは、現実では母の代わりに画家の代表として作家たちと戦う忙しい身のため、一旦現実へ帰還します。代わりにアリシアへ、お前は現実では役立たずなんだからキャンバスの世界に入って二人を連れ戻してこいと命じます(ACT3プロローグ)。

一方アリシア自身は、この命令をまんざらでもない様子で受け入れました。なぜなら、絵画世界に入りさえすれば、自分自身を自由に描き直すことができ、火災による顔の大火傷も治り、再び話すこともできるようになるからです。

しかしここで想定外のアクシデントが起こってしまいます。本来であれば、現実の記憶や姿を保ったままキャンバス世界に入れるはずでしたが、母アリーンのクロマの影響か、はたまたアリシアの画家としての力が未熟だったのか、アリシアはキャンバス世界にて「マエル」というまったく別人として転生してしまいます。

この時クレアは、「私が戻るまでは面倒ごとには巻き込まれないでしょう。楽しんで」とかなり楽観的。時間ができたらいずれ助けに行くつもりだったのかな?現実世界とキャンバス世界の時間の流れは一致しておらず、おそらくキャンバス世界の方が何十倍もの速度で進んでいると考えられます。

そして『第33遠征隊』の物語が始まる

時は流れ、キャンバス世界『ルミエール』で16歳となったマエル(記憶を失ったアリシア)は、何も知らないまま「第33遠征隊」の一員として、ペイントレス討伐に参加することになります。

ルミエールの世界で暮らす人々は、毎年繰り返される謎の消失現象が「ペイントレス」の仕業であると誤解しています。そのため彼らは、この悲劇の元凶と思い込んだペイントレス(実際にはアリーン)を討伐しようとしているのです。

しかし真実はまったくの逆。ペイントレスであるアリーンこそが、この世界を必死で守っている唯一の存在であり、もし彼女を討伐してしまえば、キャンバス世界はそのままルノワールによって消去されてしまいます。人々は知らぬまま、自らの生きる世界を破滅へと導こうとしているのです。

このような悲劇的な構図の中で、「33遠征隊」は真実を知らずに旅立っていきます。

あすか

前置きが長くなりましたが、ここからは各キャラクターの印象や考察、個人的な所感を語っていきたいと思います。

キャラクター所感

アリーン

本作におけるペイントレスであり、一連の出来事の元凶——。そう言い切ってしまえれば話は簡単なのですが、実際の彼女はただ、息子を失った悲しみに耐えられず、自ら創り出した仮初の世界に逃げ込んでしまった悲しき母親です。

普通であれば、大切な人を亡くしてしまったら時間はかかっても死を受け入れて乗り越えるしかありませんが、アリーンは画家という特殊な力で逃げ道ができてしまいました。写真やビデオどころではない、本物と遜色ないレベルの息子とまた話したり、抱きしめることもできるんです。

あすか

私が同じ立場になったら同じことをしないとは言い切れません。

現実世界の全てを捨ててでも、亡くなった息子や理想の家族とともにキャンバスの中で生きるという道を選んだアリーン。夫であるルノワールが「死を受け入れて、現実を生きろ」と正論をぶつけても、頭で理解できたとしても心はそれを許容できなかったのだと思います。

プロローグではギュスターブの元恋人ソフィーがペイントレスを見てこんな発言をします。

「見てよ。彼女…悲しそう。彼女も囚人かもしれない。私たちと同じ輪廻に囚われている。」

アリーン自身がこの『幸福な偽りの世界』という牢獄に囚われていたこと。

図らずしもソフィーはこの世界の本質を見抜いていたんですね。

ルノワール(現実)

現実世界のルノワール。家族を何よりも大切に考える父親です。ゲーム内ではアリーンと絵画の世界の存続をかけて争い続けますが、いつまで経っても埒が明かないので、最終的にキュレーターとして遠征隊を支援し、決着をつけようとしていました。

この人は一番まともというか正論を仰ります。息子の死に耐えられず仮初の世界に逃げ込んだアリーンとは対照的に、息子の死を乗り越えて家族で前を向こうとする姿勢は、ある意味で冷淡にも見えますが、その心の内には家族を深く愛する父親の苦悩があります。

ACT2終盤では、第33遠征隊がペイントレスを討伐し、アリーンを絵画の世界から追い出すことに成功したら、即キャンバス世界を消滅させることを決断し実行しようとします。

まあそりゃそうですよね。キャンバスを残してたらまたアリーンが戻ってくるのは目に見えてますし、マエル(アリシア)も絵画世界を愛してしまっているので、母の二の舞になることは容易に想像できます。

彼にとってキャンバスはあくまで現実逃避の世界であり、これ以上は家族を引き裂く要因にしかならないと判断したのです。

しかし、ただの冷徹なリアリストというわけではなく、ルノワールもアリーンと同様に息子を失った深い悲しみを痛いほどに抱えています。

なんでヴェルソの世界(ヴェルソの魂の欠片)を消そうとするんだというマエルの問いに対して「あれだけの悲しみに耐えてきて。あの子(ヴェルソ)の魂の最後の欠片を(私が)壊したがっていると本当に思うのか?」というセリフは強烈に印象に残っています。

あすか

彼だって平気なわけないんですよ、父親なんですから…。

それでもキャンバスという甘い幻想の中で家族がバラバラになったままでは、永遠に前に進めないと理解していたルノワールはマエルに言います。「私を憎んでいい。だが、私は成すべき選択をする」

この台詞にこそ、彼の覚悟と家族への深い愛情が凝縮されています。方法は強引だったかもしれませんが、その根底には揺るぎない家族愛がありました。

ラストでは遠征隊に倒されたルノワールは、最後はマエル(アリシア)の「私は母とは同じ轍は踏まない。信じて」という言葉を聞き、現実世界へ帰っていきます。しかし、後にその言葉が嘘であることをヴェルソに見抜かれ、ルノワールも気づいていたことが明らかになります。

ルノワール(絵画)

『33遠征隊』を壊滅させ、ギュスターヴを殺害した張本人として、物語の中では明確に敵対的な役割を演じました。

彼は、絵画世界を存続させたいアリーンによって描かれた存在であり、そのためペイントレス(アリーン)討伐を目指す遠征隊を「キャンバス世界を消す敵」として全力で妨害し続けます。

創造主であるアリーンの願望や執着を色濃く反映しているため、現実世界のルノワールとは目的が正反対。彼の願いはただ一つ、キャンバス世界で「家族(絵画のデサンドル家)」が平和で幸福に暮らし続けることだけです。

同じ絵画デザンドル家のヴェルソに戻ってこいと声をかけ続けますが、ヴェルソはキャンバス世界そのものを消し去りたいと願っているため、二人は決して相容れません。最終的には「お前を救うことが消滅を意味するならそれでいい」と割り切って攻撃してきますが、助けに来たキュレーター(現実ルノワール)とマエルにより消滅します。

過激派で作中で唯一悪役のような動きをする彼ですが、現実のルノワールも絵画のルノワールも、それぞれ自分の家族(現実,絵画)を第一に行動しているという点は変わりません。

あすか

彼の人間性がわかりますね。

ヴェルソ(絵画)

ACT2から本格的に登場する、本作の実質的な主人公とも言える存在。

現実世界のヴェルソ本人はすでに火事で命を落としていますが、キャンバス世界に存在する彼は母・アリーンによって描かれた存在です。ただ彼の魂の欠片の一部はキャンバス内に残留しており、ルミエール世界を描き続けています。

ヴェルソ自身は、この繰り返されるキャンバス世界を自分もろとも消し去ることを望んでおり、33遠征隊に積極的に力を貸し続けます。これは皮肉にも現実ルノワールと目的を同じくしています。

彼はこれまで何度も遠征隊に協力してきましたが、その努力は主に絵画ルノワールの妨害によって阻まれ、すべて失敗に終わってしまっています。この繰り返される絶望により、ヴェルソは深い疲弊と絶望を抱えています。

シエルとの会話イベントにて、自ら命を絶つことを考えていたと打ち明けるシーンがあります。キャンバス世界において彼は「ただの創造物」であり、本来存在してはいけない自分のせいで現実世界の家族が傷つき、苦しみ、争い続けている状況に、彼自身も耐えがたいほどの苦しみを感じているようにみえました。

詳しくは後述するヴェルソエンドにて

アリシア(現実)=マエル

現実世界ではアリシアですが、絵画世界へ転生したことで「マエル」という別の人生を生きることになります。

そのため、現実世界のアリシアとしての人生と、ルミエールのマエルとしての人生の、二つの人生を体験しており、どちらも本当の自分だと言っています。

マエルとしての彼女は当初、自分がアリーンの娘であることも知らず、ペイントレス討伐を純粋に願う遠征隊の一員として活動します。しかし、やがて記憶を取り戻すことにより、本来の目的であった「父母を現実世界へ連れ戻す」ことを思い出します。

ところが、マエルとして過ごした人生の記憶や感情があまりにも強く残っているため、彼女はキャンバス世界『ルミエール』に強い愛着を抱いてしまっています。そのため、本来の使命であるキャンバス世界の消滅には強く反対することになります。

詳しくは後述するマエルエンドにて

アリシア(絵画)

アリーンにより描かれたアリシア。

なぜかアリーンが描いたアリシアは、火事が起きる以前の無傷の姿ではなく、火傷を負った後の姿であるという点に闇を感じますね。

画家としても優秀だったヴェルソがアリシアのせいで亡くしてしまったと、もしアリーンが考えているのならば、アリシアのことを憎んでおり、わざと火傷状態で描いたとしてもおかしくはありません。

あすか

そうだったら切なすぎますが…。逆にそれ以外で敢えてやけど状態のアリシアを創造する理由ってなにかありますかね?どこかに情報あればぜひ教えてください!

そんな絵画のアリシアは、作中では基本的に絵画ルノワールと共に行動しており、自分から積極的に物語を動かすことはあまりありませんでした。

しかし性格自体は非常に穏やかで優しいようで、現実世界の家族と絵画世界の家族が対立し、いつまでも争い続ける状況に心底うんざりしていました。そのため最終的には、この争いを終わらせるためキャンバス世界の消滅に賛成の立場を取るようになります。

絵画であろうと現実であろうと、家族同士が争い傷つけ合う姿を見続けることは彼女にとって耐え難いものだったのでしょう。

クレア(現実)

デサンドル家のなかで最も現実主義的であり、画家としても極めて優秀なしごできお姉ちゃん

本来は母アリーンが画家評議会議長として作家派と対立し、現実世界での争いを率いていましたが、ヴェルソ喪失に伴いキャンバスへ現実逃避してしまったので、代わりに画家代表として戦っています。

現実世界での作家との戦い、絵画世界での夫婦喧嘩の二つに介入している、ある意味一番忙しく大変な立場です。

アリシアに対しての「悲しみは言い訳にならない」「わたしたち家族が悼んでいるからといって、世界は止まらない」という台詞からもわかるように、彼女自身も弟ヴェルソを失った悲しみを深く感じていますが、それよりも現実の目の前の争いをなんとかしたいと思っており、母と父のいつまでも終わらない争いにも正直うんざりしている様子です。

しかし、作家との戦争真っ最中の現実から離れるわけにもいかないので、現実の争いでは役に立たないと判断した妹アリシアを絵画世界へ送り込むことにしました。

この辺の画家vs作家の戦いは作中でもほとんど語られておらず、そもそも作家がどういう連中なのかも全くわかっていません。画家が絵の中に世界を作れる能力だとしたら、作家は言葉によって現実に何らかの影響を与える存在なのかな?

海外では、『作家』とはゲームのシナリオライターや開発者、つまり現実世界をコントロールしている製作者サイドのメタファーであるという考察もあります。その考察も非常に面白いですよね。

クレア(絵画)

アリーンが自身の理想の家族を再現する『家族ごっこ』のために描かれた絵画お姉ちゃん。

当初はアリーンの理想の世界に付き合っていたと思われますが、後に現実世界のクレアが絵画世界に介入した際に状況が一変。現実クレアは、母が描いた自分自身の姿が気に入らなかったらしく、自分自身(絵画クレア)を強制的に上書きしてしまいました。

他者が描いたものを上書きするという能力は、画家としてずば抜けた才能を持つクレアだから出来るミルクラ技であり、マエルはもちろん、ルノワールにもおそらく出来ないと思われます。(出来るのであれば現実ルノワールは絵画ルノワールをとっくに上書きしているはず)

この上書きによって誕生した新しい絵画クレアは、『ネヴロン』を創造するようになり、それによって母アリーンの持つキャンバス世界を守る力を徐々に削いでいきます。

その結果、長らく膠着していたルミエールとアリーンの争いは、アリーンが徐々に劣勢になり始めます。

しかし、クレア自身も上書き行為の影響や、キャンバス世界内の長い時間経過によってか、33遠征隊が彼女に出会った時点では既に精神がほぼ崩壊状態にありました。遠征隊に倒され、一時的に正気を取り戻したクレア(絵画)は、最後に自ら創り出した作品(ネヴロン)に命じて自害します。

あすか

まあお姉ちゃんの性格を考えたらそりゃそうよな。。

エンディングについて

ここまで登場人物たちを整理し、それぞれの内面や背景を考察してきましたが、最後に本作の物語を締めくくる二つのエンディング――「マエルエンド」と「ヴェルソエンド」について、それぞれ感想や考察を語っていきたいと思います。

この二つのエンディングは、どちらもそれぞれ異なる結末とテーマを提示しており、非常に印象的で余韻の深い内容となっています。

マエルエンド

マエルとして戦い、仮初の幸福であろうとキャンバス世界を存続させる選択をすることで到達するエンディング。

私は初回プレイでこちらのエンドを選択しました。冷静に考えると、これはどう見ても「現実逃避」に過ぎず、いわゆるバッドエンドに分類されると思います。最後まで「こんな人生は嫌だ…」と呟き、自らの消滅を懇願するヴェルソの姿はトラウマ級の衝撃でした。

しかし一方で、マエルの立場になってみると、この選択を責めることは非常に難しくなります。

家族や友人に恵まれ、充実した日々を送っている最中に、突然「あなたの人生はすべて作り物でした。現実に戻れ」と突きつけられて、素直に受け入れられる人は果たしているでしょうか?私は無理です。

しかもマエルの現実世界の姿はあまりにも過酷。顔にはひどい火傷を負い、声も出せず、友人もいない孤独な生活。「ただ存在しているだけ」と彼女自身が語るほど辛い日常が待っています。

その一方、キャンバス世界では元の美しい姿で、家族や仲間、友人に囲まれた人気者としての人生を歩んでいます。この状況でヴェルソの願いを裏切りキャンバス世界の存続を選ぶマエルを、誰が責められるでしょうか。

あすか

マエルとして過ごした人生も間違いなく本物でしたからね。。

しかし、物語を俯瞰すると、このまま描き直されたルミエール世界を続けていても、いつかは必ず破滅が訪れることが容易に想像できます。

エピローグでは、死んだはずのギュスターブやソフィー、シエルの旦那までマエルのペイントレスとしての力で復活し、一見するとハッピーエンドのような描写がされています。

しかし、画面は無機質なモノクロの世界で表現され、登場人物たちは操り人形のような不自然な表情を見せています。この演出は非常に不気味で、幸福な光景が「作り物」であることを強烈に暗示しています。

ヴェルソもピアニストとして再創造されますが、その表情や仕草からは、この偽りの世界をまったく望んでいないという苦痛が滲み出ています。さらにマエル自身も徐々にペイントレス化が進み、最終的には母アリーンのように精神が崩壊してしまうであろうことも示唆されています。

そりゃキャンバス世界の神として、全ての人を生かすも殺すも自由自在なわけですから、まともな精神でいれるわけないですよね。一見、生き生きと動いている家族や仲間たちも結局は自らが生み出した存在であり、やがて「ただのお人形遊び」にすぎないと虚しさを感じる日が必ず訪れるはずです。

ここからは個人的な妄想ですが、このエピローグの後、現実世界ではルノワール、アリーン、クレアが協力して、今度はマエルを現実へ連れ戻すためにキャンバス世界へと再び乗り込んでくる可能性があります。その際には立場が逆転し、今度はマエルが母と同じように現実を拒絶し、ペイントレスとして抵抗する側になる――。

結局は母と娘の立場が入れ替わり、同じ悲劇を繰り返すのだと考えると、非常に皮肉的であり、また本作のテーマを強く浮き彫りにする興味深い展開だと思います。

ヴェルソエンド

ヴェルソとして戦い、マエルを現実に送り返し、自分自身の魂を解放、キャンバス世界を消滅させる選択により到達するエンディング。

ゲームとしては、こちらが間違いなくグッドエンドです。

特にヴェルソとエスキエ、モノコが抱き合ったシーンは目頭が熱くなりました。アリーンではない、ヴェルソによって生み出された彼らは、これまでずっとヴェルソと共にいた存在です。

数多くの遠征隊との出会いと別れを繰り返し心がボロボロになってしまったヴェルソにとって、エスキエの無邪気な明るさやモノコとのささいな掛け合いがどれほど救いだったかは容易に想像できます。

自らの創造主であるヴェルソの苦しみを理解し、自分たちが消える運命をも受け入れながら優しく抱き合う姿は、個人的にRPG史上屈指の名シーンです。

あすか

ヴェルソの「寂しくなるよ。」という一言には涙不可避。。

シエラは半ば納得し、穏やかにヴェルソに手を差し伸べます。お互いの痛みを理解していた二人の大人の対応でした。きっと夫と再会できるという希望もあったのではと想像します。

一方でルネは胡座を掻いて座り込み抵抗。いやめっちゃわかりますよその気持ちw 「なんやねんお前」って表情がありありと現れていて最高でした。そりゃそう思うよ。

実世界ではルノワールとアリーンが息子の死を受け入れて抱き合います。

ようやく家族で前を向いて歩き出せるハッピーエンドですが、マエルの心情は計り知れません。

キャンバスの中は自分の感覚を取り戻せる場所とも言っていた彼女。マエルにとってキャンバスの世界は単なる現実逃避を超えて、火事で失った自信や人生を取り戻せる大切な場所だったのだと思います。

今後、現実と向き合い立ち直れるのか、それとも深い喪失感から立ち直れずに閉じこもってしまうのかは、これからのルノワールたち、家族次第なのかなと思います。

個人的には、マエルが立ち直って作家とのバトルを描く第二部(続編)があると最高だなと思っています。

終わりに

だらだら書いていたらすごく長くなってしまいましたが、一旦これぐらいにしておきます!

冒頭でも述べたように、まだストーリーを一周しただけで、まだ遠征隊の記録も集め終えていないレベルなので、間違っているところや抜けているところがあればぜひぜひ教えてください!

あすか

ではまたあすかでした!

タイトルとURLをコピーしました